みことばを心に(6)

掲載日:2020.03.15

休校により毎日の礼拝ができません。そこで本校WEBサイトに礼拝メッセージを送ります。
これまで本校の礼拝にいらして下さった牧師先生のお話もあります。みことばを心に留めて一日を始めましょう。

「災いが重なるとき」

(旧約聖書 詩編34編20節~21節)
日本基督教団 六角橋教会 加山 真路 牧師

2020年3月、日本中が不安に飲み込まれています。学校は休校、卒業式も大幅に縮小。いったいいつまで続くのか…。じつは、9年前の3月もそうでした。大地震に津波被害、そして放射能の恐怖…。あの時も、政府の方針やマスコミの報道がくるくる変わり、ネット上にはたくさんのデマも飛び交いました。誰を信じればいいのか、どの情報が正しいのかわからず、暮らしの足元がぐらぐらと揺らぎ続けました。

人生には「まさか!」ということが、しばしば起こります。いや、日々の暮らしも、なかか思い通りにいきませんね。小さな心配が、ちょっとしたことで膨らみ、あっという間に不安の闇に突き落とされることだってあります。人間は、いつも不安と隣り合わせなのです。

そこで、聖書はこう言うのです。「主に従う人には災いが重なる」と。聖書は現世ご利益を約束しません。信仰を持っていても災いは起こると、きわめて現実的です。ただ、その先があるのです。いったん災いが起こると、その真っ只中にみずから出向き、「骨の一本も損なわれることのないように」守ろうとする神様がいる、と。

「不幸中の幸い」という言葉がありますが、聖書と重ね合わせると「不幸の中にこそもたらされる、ホンモノの幸いがある」ということになります。そこで、人は祈るのです。災いが重なるようなときにこそ! 神様に心を向け、(救い)がどこにあるかと探してみるのです。きっと、ふだん気づかない宝物、神様印の幸いが見つかるはず。これが祈りの力なのです。

祈ります。神様、私たちの暮らしは、いま不安の真っ只中にあります。どうか、あなたに心を向け、あなたがくださる幸いを見つけられるよう、私たちの心の目を養ってください。日々の暮らし、一人ひとりの健康を守ってください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。