高等学校第68回卒業式を執り行いました

掲載日:2020.03.01

関東学院六浦高等学校は、卒業式を3月1日に無事に執り行いました。

コロナウイルス感染症予防対策による日程と式典内容の変更で行わせていただきました。参列のご遠慮を頂くことになりました卒業生の保護者の皆様にはご理解とご協力をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。

なお、校長の式辞を全文掲載します。教職員一同、卒業生の健康を活躍を心から祈念しております。おめでとうございます。

*** ここから ***
皆さんは今、関東学院六浦高等学校の教育課程の全てを修了し、卒業したことをここに宣言します。
身も心も、最も大きく成長する時期を、ここ関東学院六浦の学び舎で過ごしました。手にする証書と多くの思い出とともに去ってゆく皆さんを心から祝福します。卒業おめでとうございます。

さて、「我が国の科学技術政策の基本的な枠組みを与えるもので、また、我が国が『科学技術創造立国』を目指して、科学技術の振興を強力に推進していく上でのバックボーンとして位置づけられる法律」と、文部科学省のホームページに説明されている法律があります。1995年に施行の「科学技術基本法」です。
現在の「科学技術基本法」は、皆さんの多くが生まれた2001年に改訂され施行されたものです。皆さんは科学技術の急激な発展の真只中に成長してきました。政府はその法律に基づいて2016年、「第5期科学技術基本計画」を策定しました。その中に「Society 5.0」という言葉が登場します。狩猟社会をSociety 1.0として、農耕社会がSociety 2.0。工業社会がSociety 3.0、そして情報社会をSociety 4.0とする。そして、次の新たな社会をSociety 5.0と呼ぶ。そのSociety 5.0では、Society 4.0情報社会にある課題の解決に向け、AIやIoT、ロボットなどの最新の科学技術を活用するとしています。

皆さんはこれからの時代を見つめます。今年2020年は、次世代移動通信技術「5G」の実用化が現実となってきました。革新的な通信技術の確立で現実の世界のあらゆるものが、時間的遅延がなくネット上で繋がり、現実世界とサイバー空間が融合すると言われています。5Gの実用化で社会がSociety 5.0という状態に加速度的に変わっていきます。皆さんが数年後に歩み出す社会は、インターネット上ではAIがさらに膨大なデータを蓄積し、分析し、統合し、自動的に処理を行い、ロボットや様々なソフトがこれまで人の手や頭で処理してきた作業を担う時代になります。

そして、また一方に見つめるべきものがあります。日本国内外でのフラット化の加速ということです。つまり、人、物、資本の、国境を越えた同等な条件下での競争や融合の加速です。経済活動の繋がりでは、サプライチェーンの国際化が拡大しています。地域間のニーズの差や経済の格差がある限り、水が低いところへ流れるようにグローバル化とフラット化は止まらないでしょう。しかし、経済格差はマクロ的に次第に縮小していきます。発展途上の国々が豊かになり生活水準が向上すると、それまでその社会には無かったものが普及する。つまり、あらゆるジャンルで、日本企業のクールな商品が海外で求められる。例えば、ユニ・チャーム株式会社です。その製品は典型的な例の一つでしょう。そうして流通する品目が増えれば、それだけ人も物も往来がさらに増加します。日本国内への海外からの留学生が増えているのもそれが大きな理由です。昨年、入国管理法が改正されました。日本に留学している学生の日本国内での就職が促進されます。国際的業務に関わる「中堅外国人材」と呼ばれる人々の活躍が期待されていきます。ですから、日本国内でのフラット化が進むことは誰もが予想することです。

ただ、その中でもう一つ見つめるべきものがあります。国と国の間には法律の壁があり、また、文化や習慣の違いは根強くあるという現実です。摩擦も消えることはない、ということです。未来が進めば、日本文化や日本の社会は固有性を保つと説いた学者がいました。20年も前になりますが、2000年の11月、サミュエル・ハンチントンという学者は、その著書『文明の衝突と21世紀の日本』で、次のように説いています。
「文明は、一般的には、いくつかの国から構成されているが、日本の場合はそうではなく、日本という国が日本文明という一つの文明を形成している」。日本は、「国」自体が文明であると述べています。インターネットがやっと普及し始めた20年前、私は、その20年後の今の国際社会の中の日本の姿などは想像もできず、ハンチントンの分析には懐疑的でした。しかし今はそんな風に実感することも多い。今日はこれには深く触れられません。しかし、それに続けてハンチントンは次のようにも論じていたことを紹介します。
日本は世界のいかなる他国とも文化的な密接なつながりを持たない、密接なパートナーシップを結べない。それゆえ、日本は他国との関係を文化的な繋がりで結ぶのではなく、他の国とは安全保障と経済的な利益によって関係を形成すればいい。
文明的な孤立の結果、全てが日本に悪く働くということではない。逆に、他の国と同じ文化や風習を共有することで生じる義務に縛られずに、他の国が持つことのできない行動の自由を持つ、とその利点を説きました。
これは現在の国際情勢を見ればある程度正解だと思います。しかし、その利点を、日本が本当にアドバンテージにすることができるか、ということが課題です。これは皆さんの世代の課題でしょう。

フラット化が進む国内外の社会、そうした未来の国際社会に皆さんは進んでいきます。ハンチントンの見方がある意味で正しいとみると、私たちの日本の社会が、その固有の文明のアドバンテージを活かす可能性があるわけです。日本の社会に育ったアイデンティティをしっかり自覚し、世界に生きる中でその優位性を平和づくりのために用いて実践してほしいと思います。

そこで、私が卒業してゆく皆さんにお話ししたいことは、三つあります。

一つ目は、ものの見方、考え方を柔軟に保ってほしいということです。考え方を柔軟に保つ上で、「若さゆえの頑固さ」を持ち続けてほしいということです。
社会は、これまで経験したことがないほどに変ります。すでに現在がVolatility(変動性)、Uncertainty(不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)のVUCAの時代と言われています。仕事も職業も、社会が未来へ向かって必ず変化します。
ゆえに、もし、受動的な学びの中で身に着いた考え方や答えがある問いの中で学んだ考え方に立ち止まっているなら、あるいはもし、正解がないことに不快を感じるなら、また、先行きが見えないと動けないと決め込んで立ち止まっているのなら、その態度は捨てるべきです。捨てた方がいい。
今までの学びは基礎的なトレーニングに過ぎません。そういう考え方に留まっていれば、自分自身と衝突する未来が来ます。若さ故の頑固な気持ちで、ものの見方、考え方を柔軟に持ち続けてほしい。すなわち「主体性」を持ってほしいということです。
そして、もう一つ、経験による予測は大切ですが、自分の中の規定値にいつまでも捉われてはいけないということも覚えてほしい。それは、自分で自分の可能性を閉ざすことにもなるからです。年齢が上がって経験を積んでいきますが、社会経験を重ねても、考え方を固まらせないこと。自分を固定してはいけない。これが、これからの新しい時代に必要な心構えでしょう。
マザー・テレサの次の言葉を思い出します。
思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になりますから。
言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になりますから。
行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になりますから。
習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になりますから。
性格に気をつけなさい。それはいつか運命になりますから。

さて二つ目です。昨年の秋、私は車の運転中にラジオから流れる曲に心を奪われてしまいました。歌詞の一部を紹介します。

もう二度と会えないことを 知っていたなら
繋いだ手を いつまでも離さずにいた
「ここにいて」と そう素直に 泣いていたなら
今も あなたは 変らぬまま 私の隣で笑っているかな

気づけば面影 捜して 悲しくて
どこにいるの 私はずっとここにいるのよ
運命が変えられなくても  伝えたいことがある
どうしようもなくて 全てを夢と願った

いま 逢いたい あなたに
伝えたいことが たくさんある
ねえ 逢いたい 逢いたい

この歌は、いったいどこでどうやって生まれたんだろう。どうしてこんなにも熱情的な言葉とメロディが重く悲しい心を伝えるんだろうと思い、車を止め即座にインターネットでアーティストとその曲とを調べました。
それは、ミーシャ(MISIA)さんの『逢いたくて いま』でした。私はミーシャさんを知りませんでしたが、ミーシャさんがその曲を鹿児島の知覧で書いたことを知って涙が出そうでした。納得しました。車を停めたまま、そのままYouTubeで何度もリプレイしていました。
特攻機の燃料は片道分だけ。軽くなった重さの分の火薬を積んで飛び立っていく恋人。その恋人を見送る女性の心を想って書かれた歌。「運命が変えられなくても…」と「全てを夢と願った」という歌詞に表される悲しい気持ちは、どう噛み砕いて飲み込めばいいのか。愛する人への強い情感を歌う以上に、どうしようもない運命を嘆くことしかできなかった時代の、これ以上には無いという哀しみでしょう。

その歌詞は、私の心の中にもトラウマになって残っている鹿児島知覧を思い出させました。今年度、私は礼拝の中で「知覧特攻平和会館」を訪れたときの話をしました。20年前に初めて訪れ、9年前に二度目の訪問をしました。20年前に訪ねた時も9年前に訪ねた時も同じように感じました。建物の中は、入り口付近が知覧のお茶や特産物が売られていて観光のスポットになっていますが、ある所からは時間が止まっていました。
「知覧特攻平和会館」には、特攻隊兵士の1,000人を超える遺影が飾られています。遺言として書かれた、家族や恋人に宛てた手紙が展示されています。その手紙は、当時の日本の国民の、一人一人の真っ当に判断する能力が、町、地域、国という集団のレベルで働かなくなる怖さを訴えかけてきます。勇猛な言葉の陰に、そう言うしかなかった言葉の陰に、とめどない愛情を表す言葉の陰に、集団心理で思考が停止させられることの悲惨さが行間に強く滲んでいました。

私は、皆さんに平和を守る人になってほしいと願います。しかし、これは、時にとても強い心と勇気のいることです。正しいことを言うこと。しかし、正しいことを言っているようでも、実はいつの間にか、自分の身を守ってしまっている。ところが、守っているようでも結局はそれで集団の「同調圧力」を形成してしまっている。そしてその同調圧力は結局自分自身に、全ての人に悲惨な運命をもたらしてしまう。
平和を守る、いやむしろ創るということを、関東学院六浦を巣立っていく皆さんには、ずっと考えていってほしい。究極は、「隣人を自分のように愛すること」に繋がるということを心に留めてください。

最後の三つ目です。平和をつくる人、それが、「人になれ 奉仕せよ」を実践する人だということです。
関東学院、初代学院長の坂田祐先生は、私立中学関東学院の第一回卒業式で、おおよそ次のように語られました。
「人になれ 奉仕せよ。人になること、すなわち人格を完成することは、大変難しいことです。実行や実現が極めて難しくても、その理想に向って進んでいくこと、たゆまず努力をすること自体に価値があります。」
坂田祐先生が校訓として掲げた「人になれ 奉仕せよ」には皆さんが知っているように、「その土台はイエス・キリスト也」が続きます。私たちは、坂田佑先生が語られた「人になれ 奉仕せよ」を、今日の卒業の日に、皆さんに天城で語ったことを思い起こしつつ、最後にもう一度考えたいと思います。
イエスが私たちに語った二つの掟、「全身全霊をもって唯一の神を愛し信頼すること」と「隣人を自分のように愛すること」に重ねて、「人になれ 奉仕せよ」を覚えたい。
「全身全霊をもって唯一の神を愛し信頼すること」とは、私たちには、イエスがキリストとして与えられたということ、キリスト・イエスの意味、そのこと自体が神に愛されているということを忘れてはなりません。

そのキリストであるイエスの言葉に立っての「人になれ 奉仕せよ」です。
「人になれ」とは、…それは「隣人を自分のように愛する」人になることです。
「奉仕せよ」とは、…それは「自分のように愛する」ことです。
「人になれ 奉仕せよ」は、平和を創る言葉として結実しているのです。

これで、皆さんに伝えたいことは終わりです。

さあ、皆さん、卒業です。
一人一人の新たなる出発に、神様からの守りと恵みが豊かにありますように。イエスがいつも一緒にいることを忘れず、主体的に生き、しっかりと歩いて行ってください。
卒業、おめでとう。

最後にもう一言、述べます。

本来であれば、皆さんの保護者、ご家族の皆さんがここにいて、皆さんの立派に成長した姿をじっと見つめてくださっているはずでした。
あなたを精一杯支え、愛情を注ぎ続けてきたことを心の中の思い出に重ねながら、この時を噛みしめていたと思います。

皆さん、帰宅をしたら、しっかりとご家族に、これまで注いでもらった愛情に対して、心から言葉にしてお礼を言いなさい。しっかりと話しなさい。
その行動が大人になる大きな一歩です。

そして、私からのお願いがあります。
本校の教育に対して皆さんのご家庭からいつも大きな支援を頂いてきたことに、教職員一同心から感謝を申し上げます、と伝えてください。

教職員一同、皆さんとご家族の上に、神様の祝福がありますよう祈っています。

以上をもって式辞とします。シャローム。