67回生 卒業おめでとう!

掲載日:2019.03.01

3月1日(金)、本校では高等学校第67回卒業式を執り行いました。

ご来賓の方々、保護者の皆様、在校生(5年生)達に見守られながら、一人ひとりに卒業証書が手渡されました。在校生代表からの送辞では、卒業していく先輩達への感謝の思い、最上級学年を引き継ぐ思いが、一方卒業生代表からの答辞では、在校生へのそして学校へのあたたかい思いが感じられました。

 
 


本校の卒業式は礼拝形式で行われます。卒業生入場から最後まで厳かな雰囲気で行われますが、最後の卒業生退場時には、ひときわ大きな拍手で彼らを送り出します。

今年も関東学院六浦らしさが出た、素晴らしい卒業式でした。
本校での6年間または3年間の学びを終え、卒業生達は4月からそれぞれの道へ進んでいきます。

本校での大きな成長を糧に、新しい世界でも活躍してくれることを信じています。
6年生のみなさん、卒業おめでとう。
みなさんの上に、神様の豊かな恵みがありますように。



ご列席いただいたご来賓の皆様、保護者やご家族の皆様に心より御礼申し上げます。

記事の最後に、校長の式辞(抄)を掲載します。本校の教育の様子を感じていただければと思います。

-冒頭の挨拶省略-
先日、JR西日本が、「みどりの窓口」を削減するというニュースがありました。複雑で難しい発券業務への人材確保が難しく、機械化を進めて乗客の購入の「セルフ化」を促進する。専門性のある業務を特定の駅係員に集約化する。削減の代わりにサービスの向上として「フロント業務」に力を入れるという内容でした。フロント業務は、AIやロボットにはできない人間的な対応の仕事ということでした。

空港施設もどんどん変わってきています。この5、6年で、出発受付カウンターでの発券や手荷物預かりの業務の自動化が進んでいます。かつて就職の採用枠が大きかった航空会社のグランド・スタッフ職は、今や過去になりつつあります。

日々大きく社会が変わってゆくことを実感します。私が小学生の頃、切符は行先や料金が印刷されている厚い紙でした。腰までの高さのボックスの中に駅員さんが立ち、切符鋏で特有の形の切り込みを入れるという改札方法でした。1970年代に大阪阪急、札幌の地下鉄、横浜の地下鉄の順で磁気切符式の自動改札機が登場し、その後全国に普及していきました。2000年代にはICカード自動改札機が現れ、磁気システムとは比べものにならない速さで急速に広がりました。同時にコンピューターシステムの発達で出発地と行先地間の料金計算も自動化され、乗り換えも簡便になりました。違う鉄道会社同士のお互いの乗り入れ運行も可能となりました。

この半世紀で社会のスマート化が進んでいます。携帯電話とインターネット、ICTの発達によって別次元へとトランスフォームしたかのようです。皆さんには当たり前の社会インフラでしょう。しかし、1990年代からのわずか30年間での変化です。スマートフォンの先駆的モデルは皆さんが生れた頃、2000年前後に現れたばかりです。皆さんと同時期の20年間で世界が急劇に変わっているのです。

そこで、私が皆さんにお話ししたいことは、三つです。

一つ目は、ものの見方や考え方での柔軟性を保つということです。
皆さんが進んで行く未来社会では、変化は加速します。社会の変化も機械化やロボット化ということにはとどまらないでしょう。未来に向かって職業や仕事の変遷はさらに大きくなります。社会それ自体が全く予想もしない大きな変化も起こるでしょう。したがって、経験だけによる捉え方や見方、自分の中での規定値に捉われない柔軟さを持つことが重要です。

受け身であることが多かった学び方の中で作られてきた考え方やものの見方にとどまらず、柔軟であること。皆さんは年齢が上がり、社会経験を重ねていきます。しかし、考え方を固まらせないこと。AIの進化は著しく、皆さんが40歳を迎える頃にはAIが生活にもっともっと浸透すると言われています。さらに新進の通信技術「5G」を越える技術が現れれば、想像を超える生活の変化も考えられます。柔軟であること、これが新しい生活に必要な「構え」です。

二つ目です。新しい道を歩み出すとき、誰もが喜びとともに不安も感じるものです。しかし、不安に感じる必要は全くないということを伝えたい。

人類の進歩は連続する変化の結果です。未来への不安があってもその不安を捨て、むしろ、「変化ありき」として勇気を持ち、不安は無用、進んで主体的に自分のチャレンジを探してほしいと思います。

とは言え、人は未知のものを無意識に遠ざけるものです。不安だからです。未来は、予想はできても未知ですから、安心できる今までのあり方でいたいという気持ちも分かります。しかし、不安はその人を「その時」に固執させてしまいます。そこで不安をただ案じていても何も生まれません。自らの力と可能性を信じて、新しいところで新しい学びに励み、既成の概念に縛られることなく、勇気をもって主体的に歩いていってほしと思います。

日本は、国民の勤勉性と、テクノロジーの生活の隅々への浸透、経済の成長で豊かに成熟した社会です。しかし、成熟した豊かさの中に育ち生活していると、自分で深く考え自分で決意することは、実はあまり必要ではありません。すでに完成している何かに、どこかに、身を寄せる、大勢の価値観に心を置く…となりがちです。そうして結局、既成の考え方や価値観に縛られていることに気付けない、ということにもなる。閉じられている恵まれた環境が続くのならそれでもいいかもしれない。しかし、地球規模での多様性で急激に変化していく社会では、その姿勢は少なからず将来の課題となります。「内向き」の指向に縛られていないだろうか。まさに世界を見て、知って、点検をかけてみてください。不安は無用です。進んで主体的に、他人のではない、自分のチャレンジを探してほしいと思います。

1月4日にNHKの放送で、今回で3回目という特集番組「18 FES」が放送されました。今年は「RADWIMPS 18祭」でした。ロックバンドのRADWIMPSが全国の18歳を中心とする世代が寄せた想いをもとにそのための新曲を用意しました。全国から選ばれた18歳千人と共演するという番組です。RADWIMPSの楽曲にパフォーマンスを交えての熱唱でした。
私は『正解』という曲に心を捉われました。立ち止まり、聞き入ってしまいました。

さびの部分の歌詞に、

「あぁ/ 答えがある問いばかりを/ 教わってきたよ/
そのせいだろうか/ 僕たちが知りたかったのは/
いつも 正解など 大人も知らない」
「あぁ/ 答えがある問いばかりを/ 教わってきたよ/
だけど明日からは/ 僕だけの正解を いざ/ 探しにゆくんだ 」
そして最後は、
「次の空欄に当てはまる言葉を/ 書き入れなさい/
ここでの最後の問い/
制限時間は/ あなたのこれからの人生/
解答用紙は/ あなたのこれからの人生/
だから/ 採点基準は/ あなたのこれからの人生/
『よーい、はじめ』」で、終わりです。

最後の三つ目は、「人になれ 奉仕せよ」の体現です。

不安は無用、自分のチャレンジを探してほしいと述べました。それは自らの頭で考え判断し行動することです。しかし、独りよがりではいけません。独善でもなく、利己的なものでもない。それは、持続可能な社会への発展と平和な社会の建設に寄与する思考力と判断力、そして行動力に結び付くものでなければなりません。そして、その行動力こそが、皆さんが進んで行く未来社会の中での、「人になれ 奉仕せよ」の体現だということです。

関東学院、初代学院長の坂田祐先生が校訓として掲げた「人になれ 奉仕せよ」には「その土台はイエス・キリスト也」が続きます。私たちは、日々、礼拝の中で「イエス・キリスト」の私たちに対する意味を見つめてきました。イエスが語る「全身全霊をもって唯一の神を愛し、信頼すること」と「隣人を自分のように愛すること」を覚えます。

しかし私たちは、ことある毎に、「隣人を自分のように愛すること」はとても難しいということを感じてきました。人間には自己中心を逃れられない弱さがあるということを何度も知りました。しかし同時に、その弱さを知ってこそ、初めて心から互いに尊敬しあい、愛しあうことができるということを感じてきました。「ひとになれ 奉仕せよ」は、その思いとして結実しているのです。

一人一人の新たなる出発に、神様からの守りと恵みが豊かにありますように。イエス様がいつもともにいることを忘れずに、主体的に歩いていきましょう。卒業、おめでとう。
-最後の保護者・来賓向け謝辞省略-