校長のつぶやき(17)マレーシア訪問その2~マレーシアを注視する理由

掲載日:2018.11.07

国会でついに始まった出入国管理法の改正についての論議。国内の生産労働人口は、今年、人口全体の6割を初めて割り込みました。外国からの労働力の移入の論議では、私たちは日本社会に起こる変化についての洞察が必要です。「洞察」と言うのは、何事もきっちりとした法律で動いていく社会の中で形成されてきた、国の決定を待つという国民的な特色とも言える受け身の姿勢だけでは不十分だと思うからです。未来を考える「主体的」な思考が具体的に必要だと思います。

学校説明会でいつも申し上げてきましたが、2016年度の経済財政諮問会議で示された日本社会の進もうとするベクトル。いよいよ国会での論議で明らかになり、動かぬベクトルとなっています。また、2016年に設立された一般社団法人外国人雇用協議会は既に、今話題となっている高度人材と単純労働者の受け入れについてだけではなく、その中間の位置づけでの「中核外国人材」の雇用がもっと進むと推測しています。高度な専門性は持たないけれどもコミュニケーション能力や事務能力などを持った外国人労働者です。そこで、日本人労働者との価値考量が生じるわけです。仕事によっては母語力、そして英語力が少なからぬアドバンテージとなります。

法律がどのように決まっても、そこで何がどうなるのか、それに対してどうするのかを考えるのは最終的には個人です。したがって、受けてゆく教育の中では、どこを見て、何をどのように、何のために学ぶのかということを深く考える必要があります。明らかに変わり絶え間なく変わっていく「未来」を、子どもたちは「自分の現実」にしていくわけです。自分の適性を考えながら自尊感情を大切にし、「学んでゆくべきこと」と「学ぶ環境」とについて、新たな姿勢で問いかけ直すことも必要でしょう。

大雑把な見方ですが、ダイバーシティ(多種多様性)の大きな社会では、生徒一人一人の自尊感情を育て個性を重んじるということは、平和の追求の中で積極的に尊重されることでしょう。逆に、色々な面で均質さと標準化を重んじてきた社会では、自尊感情については考慮されにくくなっているとも言えます。むしろ、均質性からの逸脱の方に目をとめてしまう特徴があります。

これからの日本の社会に対しては、協働と協調への態度とそのためのコミュニケーション能力を育てる教育が重要です。自己と自尊感情を大切にし、同時に、他者を自分と同じように愛することを考える教育も不可欠です。しかし、均質に慣れてきた社会においては、その教育はなかなか難しいことです。これがとても大きな課題です。したがって、社会の大きな変容を近未来に予期しながら、ダイバーシティの中で学習や生活を経験することは大いに有効と考えるわけです。

長期留学から帰った生徒と面談をしますが、これまでほとんどの生徒が、自尊感情そのものへの気付きもって帰国する、進みたい道を主体的に考える必要を感じ取って帰国する、と感じます。

これまでと同様に、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアは研修先として堅実に進めたいと思いますが、同時に、マレーシアにもいっそう力を入れます。

今、日本の貿易相手を地域別で見ると、2017年度の輸出では北米へは20.7%、欧州は12.4%で、合わせてみても33.1%です。50%を超えていた20年前の面影はありません。一方、アジア全体では54.8%、中国と香港を除いたアジアは30.7%、大洋州では2.9%という数字に注目です。(「ドル建て貿易概況」2017年度確定値。日本からの輸出総額に占める地域別割合での数値。『ジェトロ・アジア経済研究所』データから)

人、モノ、システムの交流が活発化する地域では教育も活性化します。教育の活性化のあり方から今はアジアにも注目すべきと考えます。特にマレーシアは現在、安全と安定性も高く、インフラの整備も急速に進んできています。一方、物価や教育費もまだ低いという社会状況です。学校の多くはイギリスの制度に倣っています。そのため世界中からの生徒や学生が集まっています。留学生の混在する学校のダイバーシティは、マレーシア社会の実相とはまた別次元でのグローバル・スタンダードを実践しています。未来の社会人たちはそれを体感していると感じます。(マレーシアには、保護者の皆様を対象とした教育事情視察ツアーも企画したいと考えています。)

子どもたちが生きていく未来を見つめながら学びの環境を工夫するとすれば、マレーシアのような環境で学んで生活する時間も有意義なことです。少子高齢化が止まらず、ドラスティックに変容する日本社会に生きる子どもたちにとって、マレーシアでの経験は未来への備えの一つと考えています。

「マレーシア訪問報告」は、これで終わります。