校長のつぶやき(108)進路を考えるときに…何を見るか


掲載日:2025.07.22

前号の『校長のつぶやき』(107号 6/7)では、「未来では、2025年を『令和の開国』の年と振り返る…」として、入国管理法の改正で変わってゆく社会を考えました。そして、何を見て「学び」を計画するべきか・・・と述べました。

6月の中学校説明会後の中庭で、保護者の方からお話しを伺いました。

「つぶやきを読みました。校長先生が以前から語っている、国内グローバル化への備えが教育の中で重要という見解は仕事をしていて実感しています。『校長のつぶやき』を知人から聞いて、さかのぼって読みました。失礼ですが、志望校では全くなかったんですけど(^ ^)説明会に参加させていただきました。在学中の海外留学とか、卒業後の海外進学者が多いんですね・・・」。

関東六浦中・高に入職(2014年)して11年。説明会や懇談会、『校長のつぶやき』で、生産年齢人口の縮小、国内就労でのグローバル化の進行、AIとICTの急速な発展による経済活動諸相の変化、そして、大きく変化する未来に備える学びのあり方や道の選び方を語り続けてきました。教育が未来への備えであることはいつの時代も当たり前です。しかし今の時代、その近未来にはこれまでの経験が通じないことが少なくありません。ゆえに本校は「学びを社会に繋ぎ、学びを未来に結ぶ」を打ち出し、様々な実践を展開してきています。学びと実践で見つめる水平線は、国内グローバル化です。グローバル化への対応力の種まきを第一に意識しています。

ところで今回の参院選では、日本に住んでいる外国人への対応、日本で働きたい外国人への対応に関する論議が恐ろしいほど活発化しました。一方、この『校長のつぶやき』も、「入国管理法の改正が云々…」と述べてきていますので、明確に小職の考え方を示しておきたいと思います。

『校長のつぶやき』の趣旨は、今回の参院選運動の中で突然かまびすしく語られるようになった、ヘイト的感情も包含しかねないトゲトゲ言葉にもなる…「日本人ファースト」の主張とは違います!ということです。

「ファースト」のベクトルの方向が違います。入管法の改正で粛々と進む国内グローバル化は、人口縮小が必然の状況では避けられない、むしろ求めざるを得ない。ゆえに、これまでの教育のあり方を早急に考えるべきで、令和の開国と見える2025年を考えると、「教育ファースト」なのです。教育現場は、人口減少で変化することが避けられない未来社会を早くから予期していながら、国内社会での国民的競争の感覚でしか教育を捉えて来なかった。狭い学習観や学力観、学校観の見直しが、ベクトルが必要なのです。ただ、競争的教育観が平均的教育水準を引き上げ、高度経済成長をもたらしました。しかし日本は高度経済成長期の後も、世界の教育事情の変化に対してあまり目をくれず、日本の未来を見据えて何を教育の目標にすべきかをほとんど考えて来なかったと言えます。基本的で広いアカデミック学習は当然に重要ですが、その教育観の変化がファーストだということです。

It is not the strongest of the species that survives,
nor the most intelligent that survives.
It is the one that is most adaptable to change.

進化論のダーウィンの言葉、「生き残る種は最も強い種ではなく、また最も知性の高い種でもない。変化に最もよく適応する種である」は、高度経済成長期以降、日本の産業が世界に追い抜かれていったことをまさに表す言葉のようです。教育は国民の考え方の土台を作り守りますから、これまでのような、世界を見ない(見せない)、学びを社会に繋いで学ばせようとしない、変化に応じない狭い教育姿勢のままではますます問題になるでしょう。

英語教育などはいまなお典型で、いつまでもインセンティブの主流は「受験のため」です。そして情報・プログラミング教育も同じです。1990年代に中学校技術・家庭科に「情報とコンピュータ」が取り入れられ、高等学校に教科として「情報」が置かれました。その時機は台湾とほぼ同じスタートでしたが、いま、日本は次期の指導要領改訂での論議で求めるべきだった内実を論じています。

未来は大きく変わります。そして日本は深刻な2040年問題が15年後から始まります。いまの中高生が社会でバリバリと働いている頃です。小学1年生はちょうど社会に出る頃です。どんな力を付けるべきでしょうか、どんな進路を計画するべきでしょうか。

授業の机上にパソコンやタブレットがあるのが当たり前ではなかった時代に小中高を過ごした世代…大人は、未来社会を予想することは容易でも、子ども達の進路の道付けを考えるのは難しいものです。「学び」でつけるべき「力」の変化を実感できず、グローバル化という言葉は知っていても、またサプライチェーンでグローバル化は分かっていても、子どもの進路を考えるときの「物差し」自体が「国内仕様」のままだからです。

これまで以上に、学びの水平線に世界を置くこと。国内グローバル化の現実から目をそらさないこと。中高生は一刻も早く世界を見ること。必要な学びが国際環境の中で出来るのなら思い切ったチャレンジをすること。大人の過去の慣習で考えないことです。

最も変化に対応できる種が生き延びる。 子どもたちにとって未来への必要な備えは、自分の適性や興味関心を見つめながら、同時に世界と国内グローバル化の進行を意識することから始めることです。偏差値を見ることは大事です。しかし、狭い世界での競争感覚でしか教育と進路開拓を考えない風潮に囚われているとしたら、未来に確実な危機を覚えるだろうと強く感じるこの頃です。