高等学校 第66回卒業式 式辞(抄)

掲載日:2018.03.04

一つの節目を終えて、新しい道を歩み出すとき、喜びとともに寂しさも感じるものです。新しく見る景色に感動するときも、新しい可能性を感じ喜びに満ちる時も、ふと寂しさを覚えることがあるものです。新しい出発とは、慣れ親しんだ生活やそれまでの全てのこととの訣別でもあるからです。

19世紀のヨーロッパ、「国民楽派」と呼ばれる作曲家たちが活躍しました。ドボルザークはその一人で、チェコを代表する作曲家でした。1892年にニューヨークの音楽家を養成する音楽院に学院長として招聘されました。そして翌年には、交響曲第9番、副題『新世界より』を完成させました。

1890年頃のアメリカは、すでに北米大陸を横断する鉄道が走り、蒸気エンジンのトラクターで大規模農業が拡大しました。ヨーロッパからの入植移民が増加の一方でした。大陸中が市場として拡大し、各地の都市化も進み、石炭や鉄、鉄鋼の需要が増え、重工業が発展しました。工業生産が世界の3分の1を占める急成長の時代でした。ニューヨークの街や暮らしの変貌はとても大きいものだったに違いありません。その勢いは、つまり、市場の拡大、新技術のよる新たな社会構造への変化、多民族の混在化……ある意味では、現在のアジアの急成長と新しい社会の形成に似ているかもしれません。

ボヘミア地方北部の片田舎に育ち、プラハで暮らしていたドボルザークには全くの新しい世界だったでしょう。『新世界より』は、故郷ボヘミアへ向けての望郷のメッセージと言われています。そして、副題が『新世界より』であっても、古典的な交響曲の形式であるところに望郷の意味深さがあります。また、ドボルザークの死後、世界中の愛唱歌『家路』に編曲された第二楽章の主題も、国を越え民族を超えて、どの人にも染み入る「郷愁」の情感そのものと言えるでしょう。新しい世界から抱く郷愁の情感とは、人の心の最も深いところでの安らぎなのです。

同窓生の方々が、思い出や今日のご自分を語られるとき、言葉の奥に「人になれ 奉仕せよ」という共通の精神が響きます。私は、諸氏の歓談を拝聴しているといつも、それは関東学院六浦への郷愁の情感そのものだと感じます。

関東学院は、初代学院長の坂田祐先生の言葉を、建学の理念の具現化として校訓に掲げてきました。「人になれ 奉仕せよ。人になること、すなわち人格を完成することは、大変難しいことです。-(中略)- 皆さんは全生涯を通して、理想の実現に努力すべきです。たとえ、この世の仕事に失敗してもよい。皆さんが自分の人生観の基礎をしっかり確立し、価値ある生涯を送ることができたなら、それは真の、本当の成功です。」

坂田佑先生は「人になれ 奉仕せよ」に続けて、「その土台はイエス・キリスト也」と仰いました。私たちは、日々礼拝の中でその意味に触れてきました。キリストが私たちに、最も大切なこととして示した「唯一の神を愛し信頼すること」と「隣人を自分のように愛すること」が語られてきました。そして、「隣人を自分のように愛すること」がとても難しいこと、人間には自己中心を逃れられない弱さがある、だから、その弱さを知って初めて互いに愛し合うことができると説かれてきました。

本校は、今日、六浦を巣立ってゆく皆さんに告げます。見つめるべき原点はここにあり、これこそ卒業後の「郷愁」の、永遠の原点であると告げます。地球全体でのボーダーレス化が進む社会にあっては、自分の存在それ自体が容赦なく投げ出されていくときがあるかもしれません。校歌にあるように「時代の風」に吹かれ、自分が自分でいることが難しいと感じるとき、また、「思想の波」に心がさらされ、良心が試されるときこそ、六浦で知った原点を思い出してほしいと願います。

さて、日本の1890年代は、日本国内の産業革命が起こった頃です。綿紡績業から大規模工場制工業が始まりました。綿と絹の繊維工業が盛んになり、アメリカからの輸入に100%依存していた綿布も国内生産へと切り変わっていきました。全国に鉄道が敷かれ始め、生活も変わりました。一方、政治は日清戦争へと向かい始めました。産業の成長と国力の高まりで、未来に戦争の歴史を熾(おこ)しながら進んでいきました。

矢内原忠雄という方がいました。内村鑑三の門下生で坂田佑先生も繋がりがありました。日中戦争が起こった1937年、東京大学の教授を務めていましたが、日本が戦争に向かうことを正面から批判しました。その時代、国を批判することは許されないことで辞職に追いやられました。大きな事件でした。しかし戦争が終わって1951年、東京大学の戦後二代目の総長に復職します。矢内原忠雄先生はキリスト者として、日本の真の発展のために不可欠なことについて1952年の8月15日、戦記念日に次のように述べました。

「日本国民は、まだあまりにもキリスト教を知らなすぎる。西欧文明の内容及び基礎を知るためにも、民主主義的精神を理解しこれを身につけるためにも、ひろく日本国民は一般にキリスト教のことを知らねばならない。知識の問題としてだけでなく、宗教の本来の意味であるところの信仰を得て、人生の生きがいと、よりたのみを知るためにこそ、キリスト教を学ぶことがいっそう必要なのである。」

もし今日、矢内原忠雄先生が語られるとすれば、「西欧文明」ではなく「混じり合ってゆく世界」を知るためにも、かもしれません。また、「民主主義的精神を…身につけるため」は、おそらく「民主主義を守るため」でしょう。そのために「キリスト教のことを知らねばならない」と、きっと語られたことでしょう。それは、不変のものは不変であり、平和をつくる原理だからです。そして、これからのボーダーレスの世界に生きてゆくことを考えれば、ますますキリスト教の教えに触れる経験がなければなりません。

ゆえに皆さん一人一人に告げます。皆さんは、他ではなくここ関東学院六浦で学びを終えた皆さん自身です。それだからこそ、心の深くに刻んだ「人になれ 奉仕せよ」と、その土台の精神そのものをあらためてしっかりと見つめ、新しい出発をしてください。そして六浦への郷愁をいつでも語り聞かせてください。

一人一人の新たなる出発に、神様からの守りと恵みが豊かにありますように。イエス様がいつもともにいることを忘れずに歩いて行ってください。
(本文抄)

2018年3月1日
関東学院六浦高等学校
校長 黒畑 勝男

高等学校 第66回卒業式 式辞(抄)