海外大学レポート~Monash University Malaysia(マレーシア)~
掲載日:2026.05.26
2025年3月に関東学院六浦高等学校を卒業し、現在マレーシアにあるMonash University Malaysiaで学んでいる牧野智和です。私は、日本人学生も多く在籍するArts & Social Sciences(芸術及び社会科学)学部で主にデジタルメディアを勉強しており、必修科目では「社会とテクノロジーの相互干渉」「報道側の取捨選択と印象操作」といったテーマに触れています。
海外大学進学は元々、高校生の頃に感じていた「外国での教育に触れずに過ごしていくのか」「日本社会における大学は本来の意義に沿って機能しているのか」といったモヤモヤから至った選択でした。既にアメリカとのハーフとして生まれ育ったため、この留学で英語力を高めに行くという考えは特にありませんでした。Monash Universityはオーストラリアの大学であり、日本からは東大・京大クラスのみが並ぶような国際的な大学ランキングの上位にも安定してランクインしているほどのブランド力を誇ります。Monash University Malaysiaはそのマレーシア校であり、費用面などで本校よりもずっと手の届きやすい存在です。
学校生活
現在の学校生活についてですが、授業は週に4コマ、プラスで映画を鑑賞するセッション(選択科目)が1コマといった形で、授業の数自体は高校時代の1日分よりも少ないです(この学部の特徴ではあるようですが)。毎週、各自で事前に関連記事やスライド、動画などに目を通してくるというシステムで、実際の授業は座学よりもアクティビティメインで行われます。

生徒はマレーシア人の現地学生および中国、日本、インドネシアなどアジア諸国出身の留学生がほとんどではありますが、多国籍なメンバーでの交流は刺激も多く、例えばアジア太平洋地域の情勢について学ぶ科目では、対立関係にある国出身の生徒同士が、ここではあくまでも同じ土俵で客観的にテーマについて語り合うなど、大学という機関の理想像のような光景を見ることができました。一方で、成績に影響する課題(レポートやプレゼンテーション)には取り組みつつも、授業には出席しない、もしくは出席してもディスカッションなどに意欲を見せない生徒も多く、問題点は目立ちます。
私の学部では学期末テストを行わないため、3か月という短い学期内に必然的に複数の課題が集中してしまう状況にあります。ある程度の範囲内であればChatGPTなどのツールの利用が許可されてはいるものの、学術ソースを引用して書き進めるレポート課題などもあり、とても忙しくなる週が学期内に必ず存在します。個人課題よりもさらに大変であるともいえるのがグループ課題で、生徒間の英語力やモチベーション、意見の違いに振り回されることは多くあります。
先生方はとても熱心で、元々授業内の予定が設計されていても、生徒のディスカッションが盛り上がっている際にはそれを優先し自由に時間を使わせてくれることもあります。また、先生側が支配的なポジションにあるわけではなく、アンケートで生徒から寄せられた授業内容への意見などにも積極的に向き合ってくれます。
日常生活
週の授業時間が少ないため、必然的に学校外での生活が日常の大半を占めています。様々なロケーションに出かけに行くアクティブな日本人学生も多く見ますが、私のように街を出ず、寮、キャンパス、ショッピングモールで毎日が完結している学生も存在します。課題に取り組む際は、混み合うキャンパスは避け、寮内のプールサイドやモール内のスターバックスなどを選んでいます。モールには、平日学生料金が500円以下の映画館や一風堂など日本ブランドチェーンもあり、キャンパス以上に訪れる機会の多い施設です。



また、東南アジアの特色でもあるスコールが頻繁に夕方に発生します。台風のような豪雨と落雷が始まったかと思えば1時間もせずに消え去ってしまうさまは、なかなか不思議な光景です。雨上がりには、手のひらからもはみ出てしまいそうなほどの巨大なカタツムリ(アフリカマイマイ?)をよく見かけます。人間にとっては死に至ることもあるほど有害な寄生虫が寄生していることもあるようなので、触ることは絶対にNGです。



エスカレーターなどの故障や娯楽の少なさなど、ここでの生活は日本人にとっては満足のいかないことが多いですが、一方で、店員の方などがフランクで快適に過ごしている様子などを見ていると、日本社会ももう少し肩の力を抜いていいのでは?と思わされることも多いです。
留学を通して気づいたこと
これはMonash University Malaysiaに限らずおそらく多くの海外大学にいえることだと思いますが、ここでの人とのコミュニケーションはスムーズに進めやすいと感じています。日本社会ほど話し相手が年上かどうかを気にすることもなく、あまりにも多様な留学生が存在するため、相手の国籍をわざわざ意識することもコミュニケーションのなかであまりありません。忖度・バイアスなしに意見を交わし合うことができるのは、大学という場においてとても重要だと思っています。
また、授業内容と関係のない学びや気づきもたくさんあります。例えば、日本のメディアなどで「日本人は海外と比べて大学での勉強に意欲がない」というような話題がたまに見られますが、私のここでの大学生活においても、やはり学生は大学をキャリアのための装飾品として見ている場合が多く、学びそのものには関心がないことが多いという現実が垣間見えます。「日本」と「海外」を極端に別物とする日本国内の風潮が実際にはあまり正確ではないということも、留学という経験を通して気づけるものだと思っています。
在校生の方々へ
KGMの在校生の皆さんには、「海外の大学に進学してみたい!」という気持ちが心の中にあるとき、自分はなぜその気持ちを抱いているのか、海外大学進学をどんなものだと捉えているのか、といったことを自分自身にぜひ問いかけてみてほしいと思います。その答えによって、日本を選ぶべきか海外に出るべきか、海外に出るのであればどの国にどんな進路で進むべきかが見えてくるようになると思います。一括りに留学とはいっても得る体験は人それぞれで、期待していたものを得られない場合もあれば、考えもしなかった良さに巡り合うこともあると思います。
そして卒業生の私としては、皆さんが高校時代にしか味わえない日々の良さ、ありがたさを認識し、今の生活を存分に楽しめることを心から願っています。