保護者の方々へ/to Parents

入学式式辞(校長メッセージ)

  わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。
                       (ヨハネによる福音書 15章5節)

2013年度入学式式辞「わたしにつながっていなさい」
                                校長 河合輝一郎

1.はじめの一歩
 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。
 私たちはこれから6年間、皆さんと一緒に同じ学び舎で、共に学校生活を過ごしていき
ます。今日は皆さんにとって本当の意味での「はじめの一歩」を踏み出す記念すべき日で
す。皆さんは今、これから始まる新しい学校生活に期待と希望で胸をいっぱいにさせてい
ると思います。わたちたちも同じ気持ちです。共にしっかりやっていきましょう。

2.わたしはぶどうの木
 先ほど読んでいただいた聖書の箇所は、2013年度の主題聖句として設けたものです。
1年間、この聖句に導かれ、学校生活や学習をすすめていきます。
 「わたしはぶどうの木」の「わたし」というのはイエス・キリストのことです。そして
「あなたがたはその枝である」の「あなたがた」とは、わたしたちすべての人間をさして
います。またここでは、「枝である」と言われているのですから、わたしたちはイエス・
キリストのぶどうの木の枝ということになります。つまり、わたしたちすべての人間はイ
エス・キリストにつながっているということになります。
 またこの聖句の前には次の言葉が書かれています。

  「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝
  が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたが
  たも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。」
                        (ヨハネによる福音書15章4節)

 聖書はイエスにつながっていなければ「実を結ぶ」ことができないと言います。
 どうしてでしょうか?

3.飼いならす/飼いならされる
 それを考えるのにヒントになる一冊の本があります。サン=テクジュペリという人が書
いた『星の王子さま』という本です。有名な本ですので皆さんもご存じのことと思います。
 この本の中でわたしが一番好きなところは、地球にやってきた星の王子さまがキツネと
出会い、関係を結んでいく時のキツネの言葉です。
 王子さまはあちこちの星を旅して最後にこの地球にやってきました。世界にたった1つ
しかないと思っていたバラの花が、地球には何千と咲いているのを知って、王子さまは自
分のことをみじめに思い、草の上で泣き伏していました。
 その時、キツネがやってきたのです。王子さまはキツネに自分と遊んでくれとせがみま
すが、その時のキツネの言葉が印象深いのです。

  キツネ 「おれ、あんたと遊べないよ。飼いならされちゃいないんだから…」
  王子さま「<飼いならすって>、それ、なんのことだい?」
  キツネ 「よく忘れられていることだがね。<仲よくなる>っていうことさ」
  王子さま「仲よくなる?」

 2人は、このようなやりとりをしました。キツネは<飼いならす>ということが、お互
いになくてはならない存在になることを王子さまに話して聞かせました。
 キツネが言う「飼いならす」という言葉は、どちらかと言うとあまりいい意味で使われ
る言葉ではありません。2人の関係で言えば「飼いならすもの」と「飼いならされるもの」
というように、上下の関係になるからです。対等な関係ではありません。しかし、キツネ
の言葉をよく読むと、お互いが「飼いならす」「飼いならされる」の2つの立場を行った
り来たりしているのに気づきます。キツネはそれが「仲よくなる」ことだと言うわけです。

4.人と人とのつながり
 キツネと出会った王子さまは、自分の星に残してきたバラのことを思い出しました。王
子さまは、そのバラをとても愛していました。しかし、王子さまがそのバラを愛していた
のは、地球に何千と咲くバラと違って、世界にたった1つしかないバラだからではなく、
自分の手で一生懸命育てたバラだからだ、ということに気づかされるのです。
 さらにキツネは王子さまに言います。

  「なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってこと
  さ。かんじんなことは、目には見えないんだよ … あんたが、あのバラの花をとて
  も大切に思っているのはね、そのバラのために、ひまつぶししたからだよ … 人間
  というものは、この大切なことを忘れているんだよ。だけど、あんたは、このことを
  忘れちゃいけない。めんどうをみた相手には、いつまでも責任があるんだ。まもらな
  けりゃならないんだよ、バラの花との約束をね…」

 わたしたちは一人ひとり違った個性を持っています。育った環境も違いますし、性格や
考え方、価値観も異なっています。ですから当然そこには、ぶつかり合いがあったり、言
い争いがあったりするのです。それでも、お互いに違っていてもつながりは結べるのです。
そしてそのようなつながりは永遠に続いていくものであるとキツネは語っているのです。
 キツネは、そこに通いあっている気持ちは「心で見なければならない」ものだ、「目に
は見えない」ものなのだと王子さまに語りかけているのです。
 人と人とのつながりは、好きであれ嫌いであれ、1つの空間の中で生活をしていく以上、
切っても切れない関係なのです。

5.目に見えるものではなく
 キツネは、王子さまとバラとの関係を「ひまつぶし」という言葉で説明していました。
もちろん王子さまがバラを育ててきたことは「ひまつぶし」では決してありません。です
が、キツネが語るこの「ひまつぶし」という言葉には、王子さまのバラへのかかわりの深
さが込められています。それだけの愛情をもってかかわりをもつということは、人は決し
て一人ぼっちではないことを物語っているのです。それが関係を作ることになるのです。
 先ほど読んでいただいた聖書の箇所は、イエス・キリストとわたしたちのつながりを語
っています。人間は一人ぼっちでは何にも実を結ぶことも大きく成長することもできない
のです。人は多くの人とのかかわりの中で成長していくのです。もちろん、周りにいる仲
間や先輩たちとのつながりはとても大切なものです。ですが、それ以上に神様とつながり
をもつこと、イエス・キリストとつながりをもつことが大切なのです。なるほど、神様は
私たちの目には見えません。でも「かんじんなことは、目には見えない」のです。私たち
は、心の目で見ることが大切なのです。
 皆さんにとって、神様とか、イエス・キリストとか言われてもまだピンとこないでしょ
う。それでも皆さんは、この6年間をかけ、周りにいるお友達以上に、イエス・キリスト
とのつながりを深めていくことになるわけです。皆さん一人ひとりは、イエス・キリスト
のつながる「ぶどうの枝」なのです。イエス・キリストにつながることで皆さんは「実を
結ぶ」ことができるのです。
 新入生の皆さんはこれから6年間、同級生としてこの関東学院六浦中学校・高等学校で
学びあっていきます。「目に見えるものではなく、心で見なければわからない」ことを、
これからの6年間の中で確認していただきたいと思います。