保護者の方々へ/to Parents

校長メッセージ(2014年度入学式)

2014年度入学式における校長からのメッセージです。


 今日ここに、168名の新入生を迎えて入学式を行えますこと、また、関東学院六浦中学校・高等学校での6年間の生活を送るように取り計らってくださったこと、神様の導きに感謝をいたします。


 新入生のみなさん、入学おめでとうございます。私たち教職員一同、関東学院の全教職員は、みなさんを心から歓迎いたします。


 入学式にあたり、本日読まれました聖書の箇所にあるイエス・キリストの言葉について少しお話しします。
 皆さんは、これから6年間、礼拝の中で、また聖書の学びの中でキリストの教え、生き方、そして神様のことをじっくりと、確かな歩みで学んでいきますから、今日は、簡単なお話です。
 もう一度読みますね。前半の方ですが、「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが、最も重要な第一の掟である。」とあります。人間には、「見えないものはなかなか信じられない」。しかし、見えないが確かにいらっしゃる神様を心から信じ、神様への思いをいつも心に抱いていなさいということです。後半は、「第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』」とあります。普段、これと似たような言葉をよく聞くものです。友達同士が気まずい関係になっている場合や喧嘩をしている時などに、「友達を大切にしなさい」とか「思いやりをもちなさい」とか、よく聞きますね。解決のための言葉として聞きますね。
 しかし、ここで考えたいのは、イエスの言葉はただ「隣人を愛しなさい」ではなく、「隣人を自分のように愛しなさい」ということです。「自分のように」という言葉があること。ですから、先ほどの「友達を大切にしなさい」という言葉をイエスが語ると、「友達を自分のように大切にしなさい」です。「思いやりをもちなさい」は、「自分のことのように思いやりを持ちなさい」となります。それでは、「隣人を自分のように愛しなさい」の中の「愛しなさい」という言葉はどういう意味でしょうか。「愛しなさい」は、言い方を換えれば「とても大切に思う」ことです。
ですから、今日読んだ聖書では、イエスは難しいことを言っているのではなく、「隣人を自分のことのように大切にしなさい」ということなのです。しかし、実はこれは簡単ではない、とても難しいことなのです。


 この冬、ロシアのソチでオリンピックが開かれました。オリンピックは世界中の国々、人々が一つのところに集まって色々な競技、種目で日頃の努力の成果を競い合う大会です。今年、大きな話題が起こりました。世界の人々が拍手と喝采を送る出来事でした。
 クロスカントリースキーの男子スプリントレースの準決勝での話です。6人ずつが2組に分かれてタイムを競う準決勝で起こったことです。白熱したレース。どの選手も必死に滑走しています。下り坂の右カーブで地元のロシアの選手アントン・ガファロフ選手が転倒しました。立ち上がれない。瞬く間に他の5人は滑り去っていきます。準決勝です。その組での最下位は決定的で決勝戦への勝ち残りは絶望的です。しかし、何とか起き上がって再び走り出そうとします。
 でも、スキー板が前の方の3分の1位のところで折れています。つながってはいるものの折れてしまっていて、レースで滑られるような状態ではない。でも、ガファロフ選手は再び滑り出そうとします。地元のロシアの選手ですから声援はひと際、大きかったでしょう。ガファロフ選手は何とか滑っています。でも再び下り坂です。折れた部分がひっかかり、再び転倒してしまいました。転倒の様子、その姿は哀れでした。「かわいそうに」と誰もが思った。私もテレビでその場面を見て痛ましく思いまた。その転倒でスキーは完全に折れ、滑走不可能の状態となりました。しかし、それでも進もうとします。でも無理です。
 その時です。そこに飛び出してきた人がいました。代わりのスキー板をもって、雪の斜面を駆け下り、ガファロフ選手に近づきます。近寄ったと思いきや即座にかがみこんで、折れたスキーを外し、間髪入れずに持ってきたスキーを靴に履かせた。その交換の技の速さ。私は当然、ロシアチームのコーチかスタッフが救援に来たのだと思いました。テレビ中継では「スタッフが出てきて…」と言っていました。それを聞いて誰もがロシアチームのスタッフかコーチ、またはオリンピックの競技委員と思いました。ガファロフ選手は、その後、最後まで声援を受けながら、全力で滑走してゴールしました。拍手と大歓声です。最下位は決まっている。決勝戦には進めない。しかし、最後まで頑張った、そのことへの賞賛。大きな歓声と拍手でした。
 ところが、その後にわかったことがあります。救援に駆けつけたのは、ロシアチームのコーチではない。スタッフでもない。またオリンピックの競技スタッフでもなかった。その人は、カナダチームのコーチだった。世界中の人たちは報道で後から事実を知り、カナダのコーチの行動を大いに賞賛しました。自分のチームの選手を助けたのではなく、ただ無心に、ガファロフ選手を「自分のことのように」思い、助けに入ったのです。世界中の人々は、カナダコーチの行動を賞賛しました。しかし、何故、カナダのコーチを賞賛するのか。言うまでもありませんね。「隣人を自分のことのように大切にする」ということは、簡単な言葉でも、実は簡単ではない、とても難しいこと、なかなか実践できないことと人々は知っているからです。


 さて、最後にもう一つ、別のお話をします。
 世界の人々が、外国で仕事をするのも当たり前、普通の世の中になりました。これをボーダーレス化と呼ぶようになりました。仕事や生活の場に国境などの境目がなくなることを言います。皆さんは今、12歳。社会に出る10年後は22歳。社会で活躍する20年後は32歳。その時の社会は、今以上に、もっともっとボーダーレスが進む社会です。皆さんは今、まだ考えられないかもしれませんが、10年後の22歳まで、10年間のうちの6年間を関東学院六浦中学校・高等学校で過ごします。この6年間のうちに未来の社会に生きる力を付けなければなりません。学力はもちろんです。英語、中国語、外国語でコミュニケーションする力、様々な力です。しかし、忘れていけないのは、「隣人を自分のように愛する」精神です。言葉も文化も、考え方、暮らし方が違う人々がともに暮らす社会になっていく。そこで何よりも大切なことは、この精神を持たなければどんなに有能であっても、平和を生み出す人にはなれないということです。


 学校を創る時には、強い思いがあります。これを建学の精神と言います。学校を建てる目的や考えです。建学の精神は学校固有の、教育の根本の理念です。関東学院は、坂田祐(たすく)がキリストの教えを建学の理念とし、「人になれ 奉仕せよ」を建学の精神に掲げました。
 噛み砕いて言えば、「キリストの生き方に倣った人になりなさい。そして自分の隣人を自分のことのように思い、その思いをもって自分から進んで働き、行動する人になりなさい」ということです。それが結果として社会への貢献になる、社会に役立つ生き方につながっていくということです。このことを関東学院は、学校として教えてきました。学力、語学力、コミュニケーションの力、様々な力を付けると同時に、10年後、20年後の社会に本当に必要な生きる力を関東学院六浦で身に付けていきましょう。素晴らしい学校に入学しました。この思いを、この日を、忘れずに進みましょう。


 最後になりましたが、保護者の皆様、ご入学おめでとうございます。教職員を代表しまして心よりお祝いを申し上げます。ただ今申し上げてきました通り、私たちは、お子様たちが生きる、ボーダーレス化が進む想像もつかない10、20年後の社会を見据え、「人になれ 奉仕せよ」の校訓のもと、お子様たちとともに将来の夢を見、確かに進んでまいりたいと思います。よろしくお願いします。
 さあ、新入生の皆さん、しっかり元気に学校生活を始めましょう。
 あらためて、入学おめでとう。


2014年4月5日  
関東学院六浦中学校・高等学校 
校長 黒畑勝男
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聖書 マタイによる福音書 22章37~39節
イエスは言われた。
「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」
これが、最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。「隣人を自分のように愛しなさい。」
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